いきざま、あるいは解題=好きをつらぬくということ(続)

 ずいぶんと更新を怠っていたが、先週の続きのような内容ではある。
 竹中平蔵の近著構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌とともに、inoueの最近読んだ“元気の出る本”。

いきざま 日能研と歩んだ企業家人生40年

いきざま 日能研と歩んだ企業家人生40年

 筆者(小嶋 勇)は中学受験大手の日能研の設立者である。ちなみにinoueは四半世紀前、日能研の前身である日本能率に世話になった。そんなこともあって本書もまたノスタルジーとともに。
ノスタルジーといえば、たとえばこんなはなし。日能研は麻布に強いというのが、少なくともinoueが中学受験生のころの評判だった。こんなのを見つけて、ははあと思った次第。

生涯忘れない“教え子が初めて麻布に合格した日”


もちろん、こんな創業者の思い込みだけで成長できるほど受験業界は生易しい世界ではあるまい。さはさりながら、(こういう言い方をしたら小嶋 勇は怒るかもしれないが)日能研を引っ張ったのはまさしくこの人だったんだなあと感じさせるエピソードではある。

 横浜の典型的なベッドタウン(日吉)の小さな学習塾を起こすところから始めて、日能研を育て上げた。ここに費やした時間が40年。シリコンバレーでの企業で、起業してからブレークするまでを“泥の中を這いずり回る(muddle through)”というんだとは、確か梅田師匠が先日のたまっていたと思うが、これだって立派な“muddle through”であるとinoueは思う。小島のモーレツサラリーマンスタイルがなければ日能研はここまで来なかっただろう。

 やはりこれも、以前梅田師匠が以前大企業型に合うタイプ、合わないタイプということをのたまっていたと思うが、inoueは成功のスタイルというのは案外似たところがあるんじゃないかと思う。ただし、神は細部に宿るものである。小嶋 勇は日本的な“師弟関係”(たとえば高木知己=小学生当時のinoueでさえそうとわかるカリスマ、というか、すさまじいおじいさんだった=が小嶋にとって唯一”先生”である)がきわめて有効であったと述べている件があるが、これなどは小島がビジネスを成功させるためのdetailのひとつであろう。こういうdetailへの対処法が自分のおかれた環境で異なるため、一件違った見え方をするだけではないか。その根底にあるものは精神的・あるいは肉体的な強靭さにあると思う。見た目のたくましさというよりはむしろ、365日年中無休でどつかれてもへこたれない力といってもよいだろう。dan師匠のいううたれづよさ、というのもここにリンクすると思う。

 組織にぶら下がり、その仕組みに乗っかって生きていくぶんにはこのようなたくましさは不要かもしれない。やや本題から外れるが、inoueの親世代が現役であったころの成長期の日本にはそういう人をぶら下げられる余力があった。社会が成熟すると、どうしても伸びしろが小さくなり、いわばぶら下がって生きていた人が切り捨てられるリスクが生じよう。そこで社会に古きよきやさしさを求めるか、あるいは自ら”ことを興す”ことを選ぶか。梅田師匠は後者のほうがリスクが少ないということも言っているのだとinoueは思うし、そういうことならば同意できる。
 その”ことを興す”やり方には、大きな組織の中で出世し、徐々に自分のやりたいことをやる領分を増やしていくという生き方か、あるいは小嶋や梅田師匠のように起業するか、のどちらかになるだろう。どちらもとてつもないしんどさは覚悟しなければならないし、それを乗り越えるだけの強靭さはどちらにも求められると思う。inoueのいう”案外似ている”は、そういうことである。このへんを説いた箴言にはこと欠くまい。

 小嶋はいまや65歳。日能研関東の社長職を長男に譲り、経営の一線から退いた。ちなみに日能研本体も高木知己亡きあと、長男の高木幹夫が後を継いだ。世襲を選んだ二人の選択が果たして吉か凶か、小嶋のいう“ハート”の継承が行われ、それを演出できるだけのdetailを演出していけるかにあると思う。もはや中小企業とはいえないほどに大きくなった日能研で、それをやり続けることは難しいことではあると思うけれど。
 inoueは昔は“ハート”という言葉にはどちらかというと拒否反応があった。昔いた会社で上司に言われると、その言葉だけで反発したものである。ただ、いまはこのようなものを読んでもすんなりと受け止め、至極当然と思えるようになってきた。なるほど技術は進み、時間の流れ方が質的に変わりつつあることは否定しない。しかし、muddle throughするに当たっての心持というのは、いつの時代も大して変わらないとは思う。

 本書の中ではinoueの気に入った言葉は多々あったが、とくに身につまされた(?)のはこのひとこと。

どこの会社でも、同じ釜の飯を食った以上は、どんな理由で退職するにしても絶対円満退社しなさいと。