AI・未来(李開復)ー前書き(その2)

 しかし、ヒントンらがディープ=ラーニング技術を開発し、これがインターネットやビジネスに広く応用されるようになったことで、人工知能は我が道を行く研究中心の時代から、「袖をまくってビジネスをする」実用的な応用中心の時代に突入した。この2つの段階の過渡期に、人工知能研究は「ムーアの法則」を上回る勢いで進展しており、成果は直ちに共有されるようになった。中国と米国の研究者やエンジニアは、この瞬時に共有されるグローバルな研究資源の恩恵を享受している。この同時性によって、いわば人工知能の研究において後発に甘んじていた中国に、先生格の米国を追い越す機会が生じているのである。

 中国におけるインターネットにおいて最も価値あるものはアプリやサービスではなく、その背後にあるものを知り尽くした企業家である。15年前に米国に倣って起業した中国のインターネットを担う企業群はアメリカ企業の商業モデルに触発され、激しい競争を繰り広げ、中国のユーザーの特徴に合わせてサービスを最適化していった。ヤフーに倣ったソウフ(搜狐)の張朝陽、イーベイ(eBay)に倣ったアリババ(阿里巴巴)の馬雲、グーグルに倣ったバイドゥ百度)の李彦宏、フェィスブックやその他数多くのサービスに倣ったメイトゥアン(美団点評)の王興など、みな世界レベルの企業家として名を成すに至っている。この世代の中国の起業家が人工知能の活用を学べば、文字通りゲームチェンジャーとなるだろう。

 ほかにも、この40年急速に発展した中国市場や消費者が接するサービスやビジネスモデルは、アメリカにおいてこれまでに発展してきた商業の発展プロセスでさえも追いつかないような、世界の他のどの国よりも目まぐるしい速さで変化している。たった3年で、中国のモバイル決済は世界最高のインフラを構築した。決済手数料を取らないため、このモバイル決済は少額決済や個人間の決済にも使えるのだ。2017年1年だけで、モバイル決済による交易総額は18.8兆米ドルに達し、その年の中国のGDP総額でさえ超えてしまった。

これに伴い、世界最大のモバイルユーザー数を誇る中国では、各々のアプリのデータがすさまじい勢いで蓄積されている。 まずユーザー数で、中国は米国の3倍にのぼる。これがフードデリバリーサービスとなると10倍、支払い決済サービスでは50倍、バイクシェアに至ってはなんと300倍ものデータ蓄積となって現れるのだ。これら豊富なデータを利用することで中国のコンピュータビジョン、ドローン、音声認識音声合成機械翻訳の新興企業は、世界的に価値のあるスタートアップとして台頭してくるのである。

もちろん、絶大な力を持つ人工知能は、人間の職をも脅かすこともある。19世紀の産業革命では、多くの職人仕事が普通の仕事に成り代わり、生産ラインの単純作業が増加した。人工知能革命により、これらの生産ラインの作業は無人化することになるだろう。同様に、車の運転、テレマーケティング放射線科医も15年以内に人工知能に取って替えられるだろう。「李開復五秒試験」を通過するような、複雑な仕事、クリエイティブな仕事だけが生き残っていくのだ。本書では、人工知能革命が庶民の生活や国家社会に与える影響を緩和するための戦略を提案する。しかし、人類にとっての最大の課題は、仕事の喪失ではなく、存在理由の喪失である。19世紀の産業革命以降、ほとんどの人が人生の意味を仕事だと考えるようになっている。私もまたその最たる一例であった。