AI・未来(李開復)ー前書き(その1)

 1991年12月16日朝11時、私は産婦人科で妻、先鈴の出産に立ち会っていた。陣痛に入ってすでに12時間が経過していた。私は、妻に付き添ってはいたもののひっきりなしに自分の腕時計に目をやっていた:我が子が予定通りあと1時間で生まれてこなければ、私は病院を出て自分に向かわなければならない。この講演は私のライフワークとも言える人工知能に関するものであるが、そうなると我が子の誕生に立ち会えなくなってしまう。

 幸い、我が娘李徳寧は「予定通り」誕生した。私は我が子の誕生に立ち会えたし、自らの講演も滞りなく行うことができた。当時のアップルのCEOのスカリーは、私の講演を聴講し、ただちに人工知能のテーマの立ち上げを決断した。この瞬間、私は自らが人工知能という新たに発見されようとしている新大陸の「コロンブス」たることを自覚したのだ。この強烈な自負とプロとしての自尊心から、私はみずからが初めて父となるという事実でさえ、人生において織り込み済のささやかな祝福としか捉えなかった。当時を振り返り、私は27年前のこの近接した2つの出来事は「ブラック=スワン」ではないと言い切ることができる。言わんとすることは、人類の長きにわたる進歩のプロセスで繰り返し問われてきた価値観であり、言い換えれば私が、今日の人工知能の隆盛に貢献してきたなかであとまわしにしてきた、人生において最も重要なものはなにか、ということである。

 27年間、人工知能は凄まじい勢いで発展し、更に成熟しようとしている。この革命的な技術により経済や社会のありようが変質し、企業や国家間の競争の様相が再定義され、ひいては全世界的な「スーパーパワー」が生み出されようとしている。そして多くの世界の俊英、莫大な金融資本が、かつて私がそうであったように高揚感に引きずり込まれ、片や全世界が、私の経験した悪夢とも言える哲学的命題に対し考えを巡らすよう、巻き込まれようとしている。

 2018年現在、北京やワシントン、中関村やシリコンバレー、スイスのダボスやカナダのバンクーバーのTEDの会場において人工知能に対する人々の関心は2つしかない。一つには、人工知能は人類に対しどのような脅威、挑戦をもたらすのか、そしてもう一つは中国はアメリカを追い抜いて、人工知能を主導していくのか。私の見るところ、これらの質問に対する答えは一つしかない。人工知能の時代には三国鼎立はない。中国とアメリカが群を抜いた二強であり、この2カ国こそが人工知能のもたらす問題を解決できるのだと。私がこの本を著したのは、人工知能の時代に圧倒的な優勢を保つ中国及びアメリカの、政府関係者、投資家、企業人が偏見を捨て、互いの長所を客観的にみきわめ、技術開発や用途開発における競争で連携を強化することに期待するからである。そうしてはじめて双方に共通の課題に挑戦し、人類に好ましい未来を共に築いていけると考えている。

 アメリカには、世界で最も人工知能研究に関する基礎研究および応用開発において豊富な蓄積がある。アメリカの研究が、世界の人工知能研究をまさに先導していると言えよう。今日怒涛の勢いで進んでいる人工知能研究は、80年代のカーネギー=メロン大学コンピューターサイエンス学部にいた人々のひらめきに端を発した。私がそこで博士課程に在籍していた頃、G. E. ヒントンのオフィスは斜め向かいにあった。彼は当時、私のルームメイトの指導教授でもあった。私は当時オセロゲームシステムの開発研究を行っていたのだが、博士論文の副査のサインをヒントンもらいに行ったことがある。そのとき彼はなにかをつぶやき、目を泳がせていたのだが、あるいはそのとき彼の頭の中では人工知能の礎がひらめいていたのかもしれない。のち、ヒントンも私もカーネギー=メロンを離れ、それぞれの分野の研究に勤しんだ。1998年、オセロゲームマシンは世界チャンピオンに破れ、それから私は音声認識の研究開発に邁進した。2006年、ヒントンは1報の論文を公表したが、それは人工知能研究が再び隆盛を極め、今日にいたる礎をなしている。

 アメリカの一流の大学では伝統的に自由で開放的な仕組みが定着しており、研究者の流動性が保たれ、独立して研究が行われている。ここはまちがいなく人工知能研究の楽園と言ってよい。「コンピューターサイエンスのノーベル賞」であるチューリング賞ACM(米国計算機学会)により1966年に創設されて今に至るまで67人受賞しているが、その大半はアメリカ人である。華人系の受賞者としてアンドリュー・チー・チー・ヤオ(姚期智)がいるものの、ヤオもアメリカで研鑽・研究を行って成果を挙げている。更に注目すべきは、人工知能研究によりチューリング賞を受賞した研究者は皆アメリカ人であることだ。アメリカの計算機科学におけるトップ100大学には皆、5−10年の人工知能研究の歴史がある。これらの研究型大学には、人工知能に関する専攻が設置されている。そして彼ら研究者もまた、一流の大学を卒業した人工知能の研究者により育てられてきたのだ。スタンフォード大学を例に取れば、人工知能専攻の学生は1990年には80人しかいなかったのだが2016年には800人まで増えたとのことである。

 アメリカのIT企業の技術的な蓄積や研究開発もまた世界的に優勢な立場にあり、これら企業は世界の一流の研究者に研究資金と自由な研究環境を提供し、人工知能を応用する環境を育てようとしている。グーグル、マイクロソフトフェイスブック、アマゾンは人工知能の研究開発における新たな巨人である。これら巨大企業は人工知能開発のプラットフォームや、音声認識技術を用いた運転無人化、個々人に特化したサービスといった試み先駆者でもある。2014年からチューリング賞に100万ドルの賞金を提供しているグーグルはとくに中心的な企業といえよう。グーグルは、人工知能に対する技術的な理解や研究開発における優位性―検索の最適化システムと機械学習は同じ理屈で成り立っている―はもとより、一流の科学者に実際にプログラムを書かせ、一流のエンジニアとして育て上げる方法を編み出した。このような努力の結果、全米の人工知能の理論や工学における優秀な人材の半数以上がグーグルに集結した。それはヒントンの招聘をめぐる競争にも端的に表れた。バイドゥ百度)に競り勝って、最終的に破格の条件で彼を招聘できたのがグーグルである。その条件とは、年の半分をシリコンバレーでグーグルの研究グループと研究をすれば、残り半分はカナダ・トロント大学で自由に研究をしても良い、とするものであった。ほかにも、グーグルが人工知能の応用分野において世界を先導する地位へ押し上げた呉恩達や李飛飛のような高名な研究者もいる。さらに同社が買収したディープ=マインドの創業者のデミス=ハザビーには市場関係者から熱い視線が寄せられており、人類の知的活動すべてを担えるような人工知能の開発への期待が高まっている。