Kさんのこと

 京都で開かれた学会で、Kさんに会った。
inoueは、実はかねてからKさんのお名前を存じ上げていた。大学院の学生時代、”Kのアメリカ留学記”という連載が雑誌に掲載されており、大学院入学→qualification exam→研究開始(そう、アメリカではお勉強ができた、とみなされないと研究を開始できないのである。inoueの”留学”は、学生として、ではないのでこの厳しさは体感しなかったが・・・)→job hunting→Thesis defence→学位取得まで、リアルタイムで執筆なさっていたのである。とても新鮮に毎号読んでいたことを思い出す。
 Kさんはアメリカ留学のはず・・・だった。しかし、壇上のKさんが話したのは、みごとなクイーンズ=イングリッシュであった。そう、BBCのアナウンサーを想起させるような。
 懇親会でKさんにお目にかかって、クイーンズ=イングリッシュの由来を聞いた。返ってきたのは意外な経歴だった。

 Kさんは、2回転職していた。西海岸の医薬メーカーを振り出しに、同じく西海岸の大手製薬メーカーの研究所へ。しかし、その研究所が社内の事業再編計画で廃止が決まり、ふたたび職探しへ。同社傘下のアメリカ国内のほかの研究所に打診するも思わしくなく、結局同社のイギリスの事業所に”採用”されて現在に至っている。そしてKさんは、おそらく慣れ親しんだ”アメリカ語”から、”クイーンズ=イングリッシュ”に乗り換えて今に至っているわけだ。ちなみに、Kさんを”けった”研究所も、程なくして閉鎖が決まったため、なにが幸いするかわからない。

 そのような環境は、人を”つくる”。プレゼンでは完璧を目指し(Kさん自身は満足いかない出来であったらしいが、inoueからみればきれいなクイーンズ=イングリッシュといい、tone of voiceといい、完成度の高いものと見受けた)技術者同士のネットワークも大切にする。いや、本当は、われわれ日本企業の技術者であっても学会などでネットワークはあり、そこにはライバル心と敬意が介在するので大切にはしている。しかし、おそらくKさんにとってのネットワークは、いざというときには自分の”職”を保障してくれる役割も果たしているのだろう。そういう意味では、同じ学会でも大学や公設研(inoueのいる研究所もそこに入るのだが)の研究者のネットワーキングにむしろ近いものがあるかもしれない。そのようなネットワークを、社内外問わず持っておくこと、そしてさらにそこで、自分が何者であるか、何ができるのかという”旗”をたてておくことが求められ、それが人をつくっているのだなあと感じさせる出会いであった。inoue自身が”任期付”が取れる、というイベントがあったものだから、ちょっとした感慨をもってKさんとの出会いの意味をかみ締めている。
 梅田のいう”サバイバル”、そしてその言葉に反発した人たちの突っ込み、というのが以前梅田のブログ上で展開されていたが、どちらも言わんとしていることが改めて身につまされて理解できる気がしている。そういう”サバイバル”が珍しくない世界は、なにもシリコンバレーとITの世界に限ったことではあるまいに。ただ、今の日本の”いい会社”ではちょっとおき得ないことであることは事実だろう。

 写真は、Kさん・・・ではなく、inoue自身。あの京都国際会議場の大ホールでしゃべったのですよ・・・というエビデンスとして。同僚のK氏(Kさん・・・ではない)に感謝。